Sachiと素敵な"Jazz men"
お店から・・・Sachiと素敵な"Jazz men"のページができるまで・・・
ある日一通のメールがサテンドールに寄せられました。サテンドール&ジャズファンのその方は、「ジャズのお店はなかなか女性一人では行きにくく、また、よりジャズを深く知るためにジャズの仲間を作りたいと思うと同時に、ミュージシャンとも気軽に交流できる場がもてれば」と、サテンドールにご提案をいただきました。その結果、店主体ではなく、お客様&ミュージシャン主体の交流のページを作ることになりました。そして、メールを寄せていただいた通称"Sachi"さんが、インタビュアーとして活躍されることになりました。
 
第二十一回目ゲスト:山本剛(P)さん
Profile:
1948年3月23日、新潟県佐渡郡相川町に生まれる。
すぐに佐渡島より新潟に移り、小学生の頃からピアノを弾き始める。
高校生時代、アート・ブレーキーとジャズ・メッセンジャーズの生演奏の虜となりジャズ・ピアノを独学で習得する。
1967年、日本大学在学中、19才でプロ入り。ミッキー・カーティスのグループを振り出しに英国〜欧州各国を楽遊。
1974年、レコード・デビュー(「ミッドナイト・シュガー」TBM)。スケールの大きなブルース・フィーリングとスイングするピアノがファンの注目を集め、続く「ミスティ」(TBM)が大ヒット、以後レコード各社より数多くのリーダー・アルバム、共演アルバムを発表、人気ピアニストの地位を確立する。
1977年、アメリカ、サンフランシスコ、モンテレー・ジャズ・フェスティヴァル出演。
TV番組「リュウズ・バー(村上龍構成、出演)」の音楽を担当するなど各方面で活躍。
 
インタビュア:林 幸千代
Profile:
株式会社キレイコム
代表取締役社長
http://www.kireicom.co.jp/
東京音楽大学声楽科卒業
在学中はクラッシックばかりでしたが、ビジネスでのアメリカ出張時に、"Yoshi's"に通い、素敵でカッコいい"ヨシさん"と出会い、Jazzを覚えました。
そして、帰国後、日本のJazzも聴くようになり、Jazzミュージシャンをもっとクローズアップしていきたいと思い、この企画が生まれました。
 
Sachi: はじめまして。よろしくお願い致します。
山本さん: よろしくお願いします。

Sachi: 山本さんはお生まれが新潟でしたね?何歳までいらしたのですか?
山本さん: 新潟というより、佐渡島ね。「オギャー」と言ってすぐに新潟市に行ったんだよね。母親が佐渡島の実家に戻って生んだという感じかな。

Sachi: そうですか、新潟は何歳までいらしたのですか?
山本さん: 高校卒業までね。大学で日本大学に行ったから。

Sachi: では、大学生からが東京ですね。
山本さん: いや、それがさぁ、田舎もんだから東京なんて全然知らないわけよ。それで当時、一年生は世田谷校と三島校と選択出来るんだけれど、東京都の地図を広げたら、まず、世田谷区は東京都の外れだというのがわかっちゃったから、三島校を選んじゃったんだよねぇ。

Sachi: (笑)、では、折角新潟から上京したと思ったら、静岡県に?
山本さん: そうなんだよね。でも、まぁ、結局はそれが良かったんだけれどさぁ。

Sachi: 山本さんと音楽の出会いというのは、何歳頃だったのですか?
山本さん: 4歳の時、ピアノ教室に通ったときかな。母親に習わされていたんだけれど、もう嫌で嫌でねぇ。何の指でどこを弾くとか、とにかくつまらなくて半年で辞めちゃったよ。友達から、「ソフトボールやろうぜ!」とか言われても、「いや、ピアノ教室が…」とか言うと、「おまえ、女みたいだな。」とか言われちゃうしさ。

Sachi: 確かに最初の頃は面白くないですよね。(笑) でも、今、こうしてピアニストになられているのですから、半年でピアノを辞めた後、どこでどうやって今の山本剛さんになられたのですか?
山本さん: いや〜、俺もわかんないんだよねぇ。

Sachi: (笑) 中学、高校時代はどのように過ごされていらっしゃいましたか?
山本さん: ブラスバンドをやってたね。本当はラッパ(トランペット)がやりたかったんだけれど音が出なくてトロンボーンをやっていたよ。それから高校2,3年生ころには、夜、クラブで演奏していたね。

Sachi: 新潟でライブのアルバイトですか?
山本さん: いや、アルバイトというより、弾かせてもらっていたって感じだね。レパートリーも10曲くらいしか無くてさぁ。(笑) あっ、1000円くらいもらっていたかな。それと、何でも好きなものを食べていいということだったし。

Sachi: そのライブでの山本さんの楽器は、ピアノですか?
山本さん:そうだね。

Sachi: 半年しか習っていなくても独学で弾けたのですね。譜面は読めるのですものね。
山本さん: いや、譜面、読めないんだよ。

Sachi: (笑)、えっ、今でもですか?
山本さん: う〜ん、あまり読めないね。(笑)

Sachi: (笑) では、大学時代の音楽活動は?
山本さん: 三島で合唱部に入ったんだよね、ピアノが弾けるからという理由でね。それで、ピアノ弾いていると、女の子達が、「素敵ねぇ〜」とか言ってくれるからイイ気になってさぁ。まぁ、単純なものよ。ピアノも弾けて女の子にモテて一石二鳥よ。お金なんかもらっちゃったら、一石三鳥ってもんよ。(笑)

Sachi: なるほどね。(笑) その後プロになるキッカケは何ですか?
山本さん: 大学二年生で東京に戻ってきてクラブでピアノを弾いていたんだけれど‘ニコラス‘というクラブで弾いていた時、たまたまミッキー・カーチスのマネージャーが来ていて声がかかり、「ミッキー・カーチスと一緒にヨーロッパ遠征に行かないか?」って声がかかったんだよね。

Sachi: まぁ、すごいラッキーでしたね。それで二つ返事ですか?
山本さん: そりゃ、ヨーロッパなんて当時憧れでしょ?もちろん学校休んで行っちゃいましたよ。

Sachi: それはそうですよね、折角のチャンスですからね。どのくらい行ってらしたのですか?
山本さん: 半年。

Sachi: 半年でツアーが終わったのですか?
山本さん: いや、ホームシックになっちゃってさぁ… 何度か親にコレクトコールしてエアチケット送ってもらって、ライブ終わった後黙ってすっーと帰って来ちゃったよ。

Sachi: 黙って?!(笑) その後どうなりました?
山本さん: 帰国して電話したら怒られたけれど、「まぁ、いいかっ」って言われたよ。(笑)

Sachi: それで大学には戻られたのですか?
山本さん: いや、もう戻らなかったね。(笑)

Sachi: (笑)、では、最後になりましたがファンの方へ一言メッセージをお願いします。
山本さん: そうねぇ、これからも、よろしく!

Sachi: はい、どうもありがとうございました。今夜のライブ、楽しみにしていますね。
【インタヴューを終えて…】
「ピアノは半年しか習ったことが無い。後は独学。」というだけあって、山本さんのピアノは自由奔放で肩肘張らないで聴く事が出来る、正しく“イイ感じ”のピアノですね。今夜のボーカルである金子晴美さんとは長いお付き合いというだけあって二人の息もピッタリでした。自由気ままに素敵な人生を歩んでいらっしゃるご様子がお話している中でも多々感じました。これからも素敵なピアノを楽しみにしています。今夜はありがとうございました。次回3月は、麻生光希さん(Vo)です。どうぞお楽しみに!
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