Sachiと素敵な"Jazz men"
お店から・・・Sachiと素敵な"Jazz men"のページができるまで・・・
ある日一通のメールがサテンドールに寄せられました。サテンドール&ジャズファンのその方は、「ジャズのお店はなかなか女性一人では行きにくく、また、よりジャズを深く知るためにジャズの仲間を作りたいと思うと同時に、ミュージシャンとも気軽に交流できる場がもてれば」と、サテンドールにご提案をいただきました。その結果、店主体ではなく、お客様&ミュージシャン主体の交流のページを作ることになりました。そして、メールを寄せていただいた通称"Sachi"さんが、インタビュアーとして活躍されることになりました。
 
第八回目ゲスト:深井克則(P)さん
Profile:
作曲家・アレンジャー・ピアニスト
1960年11月1日 岡山市出身。大阪芸術大学作曲科卒。
在学中から関西を中心に演奏活動。中国短期大学講師(理論)を経て、'88「高橋達也と東京ユニオン」に参加、国内外の多くのミュージシャンと共演。
以後「原信夫と♯&♭」「猪俣猛3」「ファンキー末吉3」等、様々なセッションに参加。
現在、『BANDA CALIENTE』(9人編成のラテンジャズオーケストラ)と小編成の『深井克則 MUSIC BANK』のリーダーとして、各地でコンサート・ライブに出演。
ジャンル/カテゴリーにとらわれず様々な編成のコンサートをプロデュースするため、【ジャズ界の仕掛人】の異名をとる。一方、作曲家・アレンジャーとしての活動も多岐に渡り、そのクリエイティビティの高さによって、ジャンルを超えた新しいフィールドの音楽を次々と生み出している。 また、ピアノ指導者のネットワークPEN では設立当初から企画運営に携わり全国でセミナーを開催。
'97 '98 には東京音楽大学でも講座を持ち、全国のビッグバンドやブラスバンドでクリニックを行うなど、音楽教育に関わる活動も精力的にこなす。
 
インタビュア:林 幸千代
Profile:
株式会社キレイコム
代表取締役社長
http://www.kireicom.co.jp/
東京音楽大学声楽科卒業
在学中はクラッシックばかりでしたが、ビジネスでのアメリカ出張時に、"Yoshi's"に通い、素敵でカッコいい"ヨシさん"と出会い、Jazzを覚えました。
そして、帰国後、日本のJazzも聴くようになり、Jazzミュージシャンをもっとクローズアップしていきたいと思い、この企画が生まれました。
 
Sachi:こんにちは。はじめまして。あら、名刺交換ですか、ありがとうございます。(笑) お住まいは"青葉台"か"たまプラーザ"くらいかな?同じ沿線だわ。
深井さん:そう?(笑) その辺です。でもね、全然、帰ってないんですよ。

Sachi:どのくらいですか?
深井さん:昨日で14日目くらいかなぁ?今月は、巡業月だったなぁ。あぁ〜、明日、ようやく休みなんだよ〜。(笑)

Sachi:何を予定されているのですか?(笑)
深井さん:精神のリフレッシュだね。休みのときは、自然の中に自分を置くのがいいね。
明日は丹沢辺りに行って、帰りに現地の美味しいものなんか買って来ようと思ってね。(笑)
僕、料理が好きなんですよ。(笑)

Sachi:いいですね。(笑) では、明日は、ごゆっくりリフレッシュして来てくださいね。では、改めまして、私も、何度も深井さんのピアノは聴いているのですがファンが多いですね。たくさんの方から深井さんのことをお聞きしますね。音楽をやり始めるキッカケというものは何だったのですか?
深井さん:キッカケねぇ…、結局、親が音楽好きだったからじゃないかなぁ?子供の時、近所の奥さん達が集まって、「あそこに、ヤマハ音楽教室が出来たけれど、あんたんとこのも、行かせない?」ということになって、親の薦めでピアノを習ったんだけど、それ以前に、僕ね、岡山のお城が見えるところで育ったんですよ。その町内に、無形文化財の"獅子舞"が残ってたんですよ。父親ももちろんだし、近所のオッちゃんたちが、はっぴ着て、"笛"や"太鼓"、"一刀彫の獅子頭"というのが、普通の生活の中にあったんだよ。だから、子供は土曜日の夜は必ず、町内会の練習に出なきゃならないの。

Sachi:えっ、お祭り時期じゃなくてもですか?
深井さん:うん、"無形文化財"だから、年中、あっちこっち呼ばれていくわけよ。"獅子舞"なんてお祝いだから。"結婚式"やら"文化祭"やら、"旅館の宴会舞台"やらね。(笑)あの時代が、一番盛んだったんじゃないかな?

Sachi:そうですか、そこで、深井さんは何をご担当されていらしたのですか?
深井さん:"笛"だね。4歳から、"篠笛"をやらされていたのよ。

Sachi:えっ、"粋"ですねぇ。(笑)
深井さん:"粋"?(笑) だって、おとうちゃんも、隣のお菓子屋のおじちゃんも、その辺り、皆やっているのよ。だから普通だったね、それはね。

Sachi:深井さんは、ご兄弟はいらっしゃるのですか?
深井さん:うん、妹がね。

Sachi:では、妹さんも?
深井さん:男だけなのよ。

Sachi:"獅子舞"じゃなく、音楽の方も、男性だけ?
深井さん:そうそう。そのくらい、いっぱい子供がいたということなんだよね。今は、そんなこと言ってられないと思うな、時代的にね。そうそう、昭和天皇の前で提灯持って行ったこともあるね。小学校の鑑賞教材にもなってたね。そうそう、隣の八百屋のオッちゃんが、いつも真っ赤な顔してバカホンのパパみたいなんだけれど(笑)、時々、ビシッとスーツ着て小さな箱持って出かけて行くんだよね。その人、大人になってわかったんだけれど、東京芸大卒業のヴァイオリニストだっただよ。(笑)

Sachi:えっ、芸大出て、八百屋さん?
深井さん:そうそう、指短くて辞めたらしいけれど(笑)、彼らの音楽(クラッシック)は、やっぱり日本の音楽やっても素晴らしいから、"笛の音"が、やっぱ素晴らしいわけよ〜。表現といいね。そういう、いい音楽環境が身近にあったんだね。

Sachi:では、深井さんは、"笛"の後、ピアノですか?
深井さん:そうそう、ご近所づきあいで、ヤマハ音楽教室のエリクトーンね。(笑) 丁度、エレクトーンが流行り始めた頃だったね、高校入学するまでね。

Sachi:あら、それまで、ピアノは?
深井さん:やってない。ピアノとクラッシックだけはやってないね。(笑)

Sachi:(笑)
深井さん:それまでずっと、中南米音楽とタンゴ!

Sachi:(笑)、それで音大に行かれたのは、どういう経緯ですか?
深井さん:高校入学するときに、今さら、音楽止められないと思ってね。"僕は音楽やる!"と親に言ったら、"そんなら、音大いきっ"ってね、田舎もんやし。(笑)

Sachi:でも、エレクトーンを長くやっていて、クラッシックのピアノで受験するのは、とにかくタッチは全然違うし、大変でしたでしょうね?
深井さん:そうそう、指、ペタペタやし。(笑) そうしたら親は、「"つぶしが利く"から、じゃ、作曲科にいきなさい」って。まぁ、世間一般には、(音大に対して)そんなもんですわ。(笑) 子供の頃から作曲してたしね。でも、ベーシックなことは全然勉強したことないからねぇ。でも、コードは知ってたよ。(笑) 楽器、好きやったしね。

Sachi:そうですか、では、その頃、影響を受けた音楽家は?
深井さん:ジミー・スミス(オルガン奏者)だね。1970年代頃、小学校4、5年生くらいかな?皆、彼の曲、コピーして弾いていたよね。僕らの時代、皆、影響受けたよな。小曽根(小曽根真氏)とかもね。小曽根とは同級生だし話が合うんだよ。高校生の時は、フュージョンをやっていたね。昔は、クロスオーバーと言っていたけれどね。その後、音大受験(クラッシック)だから、指が立たなくちゃならない。(笑) だから、"ハノン"の1番を3ヶ月やったね。(笑)

Sachi:それから、音大入学、卒業、Jazzマンとなるわけですね。お話が楽しく盛りだくさんなのですが、音大卒業から先のお話に関しては、次回の楽しみにしておきますね。(笑) では、最後に一言、ファンの方へ何かメッセージがありましたら、どうぞ。
深井さん:とにかく、ライブに来てください。CDとかもいいけれど、僕はあれ、"缶詰"だと思っているの。でも、ライブは身体で感じるもので空気を感じられる。だから、是非、ライブに足を運んでください。

Sachi:今日はどうもありがとうございました。
【インタヴューを終えて】
老若男女の枠を超えて、深井さん支持者の声がとても多いのでインタヴューをお願いしました。身近で感じた深井さんは、休日も無く心身共にかなりお疲れだとは思いましたが、明るく気さくでとてもお話上手という印象でした。今夜のライブは、ご本人が「今夜はプロデューサー」と仰っていただけありまして、若きミュージシャン達への良き師ぶりが存分に発揮されていました。もちろん、深井さんの素晴らしきピアノも堪能させて頂きました。ありがとうございました。
次回2月の掲載は、『矢野沙織(As)さん』です。どうぞお楽しみに…
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